China organ transplants


I have been watching this for a fear years now and am wondering, why it does not receive more attention.
On the occasion of hosting a “festival in the name of peace on earth and human understanding” it might be good to
consider this.
I do not have the means to conduct a fact check for all the given links to publications going back already decades,
but if you would like to “check” for yourself .. how about contacting any Chinese organization (organ transplants are a booming business in China) offering
organ transplants, pretending you are a rich person looking for a new liver (or whatever other organ).
Then check formost of all, the time until your new organ is ready.
In China that seems to be weeks or even days. THAT should make anyone who knows a little about medicine suspicious.
Naturally, the Chinese government will tell you, everything is totally legal and TOTALLY voluntary.
If that were true, the easiest way to prove it, would be letting people check it on site UNIMPEDED.
But that is something they will NEVER do.

Lecture by a Chinese person in Chinese dubbed in English
https://www.youtube.com/watch?v=2Wzfcrx_cWE
Same lecture dubbed in Japanese
https://www.youtube.com/watch?v=S-xKHa_mBYg&t=1122s

A number of articles
https://www.ohchr.org/EN/NewsEvents/Pages/DisplayNews.aspx?NewsID=27167
https://www.nature.com/articles/d41586-019-01890-4
https://blogs.bmj.com/bmj/2021/04/13/why-journals-should-stop-publishing-transplantation-research-from-china/
https://bmcmedethics.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12910-019-0406-6
https://jamestown.org/program/examining-chinas-organ-transplantation-system-the-nexus-of-security-medicine-and-predation-part-1-the-growth-of-chinas-transplantation-system-since-2000/
https://www.newscientist.com/article/2206874-prisoners-in-china-are-still-being-used-as-organ-donors-says-inquiry/
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(15)60484-6/fulltext
https://www.taiwannews.com.tw/en/news/4334184
https://www.lawsociety.ie/gazette/top-stories/2021/09-september/media-silence-on-forced-organ-harvesting-in-china-is-denounced
https://www.hrw.org/reports/1994/china1/china_948.htm
https://ipdefenseforum.com/2020/01/suspicious-harvest/

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十万円の「支援」

最近(金持ちの)政治家はまたも妙な騒ぎを起こしている。18歳未満の子供がいる家庭に一律十万円の「支援金」を支払うだ。ある程度の収入以上の家庭は除外される。その「ある程度」は年収960万で決められているが、世帯主の収入のみを考慮するそうだ。共働きの場合配偶者の収入は計算にいれない。気をつけないと年収1500-1600万円の人にも「支援」する。(新聞の記事を参考)。

テレビで街の人の意見を聞いたニュース番組ではそのような富裕層の人は支援金で何をするかと聞かれた時:「旅行でも行くか」と答えた人がいた。

同じ日の新聞に国民の平均収入に関する記事もあった。国民全体の平均月収は三十数万円だったが、毎日働いている介護職(夜勤もある!)や保育士の平均月収は20万円にも届かない。つまり年収が230万ぐらいしかない。

一人で950万円(月収およそ80万円!)もあれば、高級の外車を乗りまして、一等地の御殿に住んでいる可能性が高い。しかも、そのような家庭はだいたい「子沢山」ではない。

自己体験の話を参考まで。昔病院で臨床経験を積ませてもらった4年の間子供3人が生まれた。病院をやめて翻訳の仕事をやり始め、生活の基盤にした。最初の頃年間売上は辛うじて200万円になった。児童手当を申請し、町で承認されたが、小さな子ども3人分は一ヶ月で12500円だった。小さな子供が3人もいれば、その金額で一ヶ月分の靴や洋服の分にもならない!翌年頃一年の売上(年収ではない!)が220万円ほどになった際、「お金を儲かり過ぎているから児童手当貰う資格がない」と言われ、その手当が打ち切られた。

10年後で売上はなんとか500万円まで増えた。お陰様で子供を4人育てられた。年収1000万円やそれ以上の人達はどうして支援する必要があるかが理解出来ない。富裕層の人達が遊びのため十万円のプレゼントを貰うならば、年収200万円でぎりぎりの生活する「エッセンシャルワーカー(essential workers) はその五倍を貰いべきだろう。

ヤクザ大臣(麻生)の(お言葉ですが)馬鹿な発言:「老後のために2000万円を取って置けばいい」が4人を年間売り上げ~500万=年収200万円ほどで到底不可能です。25年間周七日間の仕事で稼いだお金は何も野からず子育てに注ぎこんだ。少子化問題の解決にも貢献する4人です。日本国籍と持っている4人の納税者でもある。国から少々のご褒美を貰っても可笑しくない筈だ。それなのに左記の児童手当の仕打ちだ。

悪いが、例の十万円ばら撒き「政策」は支援を必要とする国民を助けるためのものだととても思えない。

全世界でいつでもどこでも同じ光景の見られる:金持ちである政治家が仲間である富裕層の人達を保護・応援する。

(日本ではそれとそっくりの状態は1300年ほど前から全く変わっていない。参考まで:古代日本の官僚-天皇に仕えた怠惰な面々 / 中公新書 / 虎尾 達哉 (著))

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医療業務のあり方

同業者の悪口は言いたくありませんが、複数の患者から同じ診療所に関するかなり妙な話を聞かされたため、名前などを明かさない形で報告させて頂きます。残念ながらそのような状態は稀ではないようです。

* 例の診療所から往診してもらった当院に長年来院した高齢な女性がいました。話を聞いていると、保険を使って週2回ほど往診してもらい、それぞれの治療は15分程度で終わり、左程効果も感じなかったようです。しかし、半年に一度国から保険料はどれほど使ったかを報告するような葉書で記載されていた金額から逆算すると、一度の治療費は凡そ4300円でありました。鍼灸治療に保険を使うと一度の治療費は約1600円ほどです。参考まで。

* 四十代のビジネスマンが初めてその診療所に受診した際、先ず保険会社に提出する書類にサインして/判子をおして下さいと言われた。ビジネスマンですので直ぐ怪しいと思ったのは、書類に金額が書かれていませんでした。診療所で後に記入するそうです。ビジネスマンが商品=治療を「購入」させる際、先ず何より先に価格をはっきりしなければならないのは常識でしょう。通常の=真面目な仕事にありえない状態と思ったらしく、矢張り二度といきませんでした。

* 更に別の高齢女性が受診したが、相手(=診療所)の都合に合わせて、今度何日何時に来なさいの用に、その女性の都合や意向に合わないのに「強制的」に来させた。無論診療所は患者に対して「強制措置を施す」権利全くありませんが、年寄りの方なら何かの「先生」に「来なさい」と言われたら、従わなければならないような教育を受けていますから、仕方なく何度か受診しました。

このような業務は、お言葉ですが、金儲け目的しかないと思わざるを得ません。世間に疎い私には今風のビジネスは全く分かりませんが、どうむ賛同できないし、医学倫理にも「治療者気質」にも反しています。そのような診療所は世の中にあるのはとても残念です。

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Categories!

I just recently “found out” about categories. Now I will need to retrospectively assign categories to the posts, in order to make them easier to find / sort.

This may take some time. Maybe there is a way to apply categories to multiple posts simultaneously???

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新しいホームページ

最近相当古いソフト:”Microsoft office 2000″ でバンドルされた = FrontPage 2000 で作られたため、今風の技術に適応していないようです。
ここに現在作業中の新しい - 主にふるいHPから写したものですが - ある:

まだ説明書を片手に試行錯誤の段階ですので、恐らく所々で間違っているでしょう。
もしどなたが何かの提案があれば、是非ともご指摘下さい。
よろしくお願いします。

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New website


I am currently trying to modernize my webpage.
I created that with a piece of software that came with “Microsoft office 2000” = FrontPage 2000 – which is now 20 years old.
As such my present website is not able to keep up with smartphones and all that kind of modern hi-tech stuff.
Maybe the new version

can help there.
With an instruction manual in one hand I am still trying to figure out, how this WordPress thing works.
Probably I am making a lot of mistakes all over the place.
Please let me know, if you do have any suggestions.
Thank you.

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Long and Winding Road

お話は大変長くなる虞がある。
12才の頃ドイツで柔道、その後間もなく合気道の稽古し始めた。柔道より合気道の方が証にあっていたため柔道をやめ合気道を専念にした。この趣味が切っ掛けとなって、15才の頃「易経」、「老子」、などの魅力に惹かれた。又、18才ごろ知り合いから習い始めた。
 この「東洋気触れ」の最中17歳の頃テレビで武道に関するドキュメンタリーが放映され、凡そ2分に亘ってある老師が芝生に立ち弓矢を引き絞る姿を見た瞬間「これがやりたいことはこれだ!」と閃いた。しかし当時ヨーロッパに弓道場が2箇所しかなかったし、それぞれの先生は日本人ではなかったため、私は決心した:日本に行って先生を探すしかない!2分のテレビが決心の種となって、私の人生を変えたとも言える。当時はまだ高校生だったので、それから実際ドイツを出るまでは5年間も掛かったが、途中迷った事一度もない。
 最初は日本に行って半年ほど弓道を習い、その後更に半年ほど世界旅行し、一年後ドイツに帰る予定でした。しかし、今も最初の駅で足留めされたままである。来日後弓道の他に、茶道、ならびビザの取得のため香港滞在中には中国人の指導の下で太極拳の稽古集中的に励んでいた。
 東洋の思想への興味やドイツを出る前に兵役の変わりにしてきた社会福祉の仕事に影響を受け、人を相手にする仕事をしたいと思い付いた。しかも東洋の思想に基づいている仕事が良いと考え、職業を身に付けずドイツを出た私には指圧が大変魅力的なものだった。
 来日から約2年経てからその趣味を職業に使用と思い、最初指圧の専門学校を受験したが、試験の成績を拘わらず「日本語が分からない可愛そうな外人を入れてあげる」と言う風に考えられたらしいが、それが私のプライドに触り、合格と通知された時点で棄権した。後に視野および仕事の幅を広げるため鍼灸学校を受験したが、ここは落第した。しかし、ここは自分の理想を少し曲げ、補欠で入学した。
 国家試験合格後進められて日産多摩川病院にいわゆる「卒後教育」を目指して臨床現場における勉強をしに行った。これもまた面白いと言うか。。。ご存知のように病院において意義不明の「派閥」がある。ある程度鍼灸治療を認めて、場合によって応援までしてくれている先生方もいたが、最初か物を見もせず「俺は鍼なんか嫌い」と言う先生方もいた。後者のグループは「敵の陣地」にいた者ですので、鍼灸師は基本的に接近/接触を不文律で禁じられた。しかし、私は例外だった。外国人が日本の病院で鍼灸師をやっているのは「エリマキトカゲ」のような存在でしたので、「珍しい」と言う特権を得て鍼灸の仲間にないような勉強のチャンスをありがたく多数を得た。御蔭さまで多摩川病院にいた4年間では大変充実した勉強が出来た。
 しかし、其の4年目に既に三人目の子供が出来たので、勉強が主の目的であった病院で頂いた手当てでは当時5人の家族は養えないので、退職して翻訳業に挑戦した。病院を止めた後とりあえず自分の治療院を開業する余裕はなかったため、暫く往診専門と翻訳という二足の草鞋をはいた。往診専門の鍼灸を開始してから間もなく診た患者の一人は92歳でなくなるまで13年間ほど往診し続けた人もいた。
 病院を止めてから横須賀市から葉山町に引越し、その5年後葉山町内にもう一度引越しすることになった。この引越しは開業の切っ掛けとなった。つまり、引越しに必要と思った親戚に管理して貰っている定期預金をおろすか、おろさないかと迷っていたうちに、こちらは結局いらないと判断した時点で例の親戚が既に其の定期預金をおろしてしまった。失敗したと思いながら160万円を手にした。特別の予定がなければ、それぐらいのお金は(其のとき既に6人家族になっていた)あっとと言うまでに跡形もなく消えてゆく性質を持っているので、其のお金を有意義的に使い、開業にあてると思い付いた。
 周りの「市場状況」など調べた訳でもないし、治療院の位置の最適の場所を選んだ訳でもない。単純に引越しした所の近くに小さいなアパートが空いていることに気付いて、それについて不動産で問い合わせた。お金がないからこのアパートをアパート契約で借りたいが、お店として使いたい。(同じ場所であったとしても店舗契約の場合家賃はアパート契約の約二倍になり、その上に「保証金」が必要となる。)幸いにその大家さんは私の願いを聞き入れてくれた。
 それで決まった。スーパーの近くに相当古いアパートを借りて開業をした。上記の金額の内に不動産に払うものは約半分でした。勿論、まず部屋の準備が必要でした。建物が相当古いのであちらこちら窓やドアが歪んでから閉まらないが、それはあまり気にしなかった。6畳の畳部屋と4畳半の「ダイニングキチン」の他にトイレとお風呂としてちゃんと使えない浴室で全部だ。アパートの前に駐車場一台分。ダイニングキチンを待合室、畳部屋を治療室に。大掃除のあとに色々の細かい工夫でこの部屋を使えるように多数の案を練って試行錯誤の作業に入った。例えば、場所がないから畳部屋の押し入れを少々改造し、今はそれを机、カルテ棚、本棚、ステレオの設置場などとして使っている。市販の病院用のカーテンも高過ぎるから、通常のカーテンレールを買って天井に取り付けた。しかし部屋があまり暗くならないようにカーテンは天井から30-40cmを下げた方はいいと思い、それに使えるような紐を一本ずつ手作りで用意した。現在でもまだ使っている。
 治療道具はとりあえず最低に必要だと思った物を購入した。しかし、開業したのは初めてですから、やはり不必要なもの幾つか購入/作成した。勉強になったが・・・ そしていったん開業してからもよく「ケチ」と言われる程消耗品等もいつも最低に必要なものに抑えていた。近くにある横須賀の米軍基地に勤めている患者に頼んでペーパータオルなどの消耗品を基地では治療院の近くにあるスーパーの約1/6の値段で購入してもらうこともあった、今も時々ある。(ケチにしている御蔭で現在まで治療院を維持できたとも言える。)
 開業当初に私にとって「当然」のことだが、ステレオも必要と考えた。最初は治療院の近くに飲食店を営んでいる昔のバイクの仲間が半分壊れているコンポをくれた。それは多いに助かったが、2-3年間を使っているうちに他の部分も壊れてしまった。そして、畳部屋の床が部屋の左右に下がったきたため、大家さんがこの部屋を床にしてくれた際、今でも少々自慢できるステレオを購入した。音楽の流れない治療雰囲気は私が個人的に好きではないので、どうしても必要な「設備投資」だと思っている。尚、音楽に関して飽くまでも私が好んでいるものを選ぶ。流行や所謂当たりの柔らかいバックグラウンドは使わない。幸いに殆どの患者が私の音楽のセレクションを誉めてくれる。
 そうやって試行錯誤で開業に挑んだ。勿論、開業は揃えておくべき設備の話だけに限らない。倒れかかっている田舎町の古い小さいアパートで髭を生やした変わった外人が鍼を始めた - それは仕事仲間や医道の日本社の山口さんに良く「旨くいくはずはないぞ」言われた。励ましの言葉を頂いて感謝する!確かに開業から8年半ほどたっているが、治療院において赤字が開業中ニ回ほど発生した。それは私にとって好きな仕事を自分が作り上げた好きな環境で続けられる事を意味しているので、それなりの「成功」になると思う。今ごろ年中町を自転車で走っているあの外人は元町の海近くで鍼やっている者だと知っている人が多いではないか。
 当然開業当初誰も私の治療院を知らなかった。新聞に折り込み広告も出したが頼りになったのは看板だった。ここにも日本人独特(?)の行動が助かった:新しい、珍しいものが出来たら - 兎に角一度行ってみよう。そのお陰で開業したばかりにも拘わらず赤字にならないで済んだ。但し、面白半分で来院した患者の大部分矢張り一回(又はニ-三回)切りのものがかなり多かった。私も患者の機嫌取りをしないし、営業技術全く身に付けていない、そして出来るだけ短い治療期間を目指しているがこの「続かない」現象はやはり大分気になっていた。対策に関して多数の人の意見を求めたがなかなか納得できる形の運営「技術」は未だ身に付けていない。
 経営の面では全くと言ってよいほど話にならない私の治療院では喜びや感謝の気持ちを齎したのは、患者からの誉め言葉だ。例えば、以前他の治療院にかかったが鍼が痛くて、お灸も熱かったのに、ここではそういうこと全くない、治療受けていい気持ちになる。又は、複数の病院や他の治療院で長い間に治療を受けたが、症状が余り変わらなかったのに、ここに来て比較的に短期間で改善した。前の所は一体何だったでしょう。そんな事を言われると照れてしまうが、矢張り嬉しい。自分は長年の臨床経験を持っている他の先生方に比べてそんなに上手ではないはずだと思いながら「ああ、有難たい」と言う春の晴天のような気分になってしまう。
 それから、私の欠点である「しゃべり過ぎ」の事は意外と好評の場合もある。つまり、患者が来院すると私は問診や診察で分かる範囲内でその病態を患者にできる限り分かり易く、納得し易く且つ詳細に説明する。無論説明の仕方は患者によって違ってくる:30歳の男性と70歳の女性が例え同じ病態を呈していてもそれぞれ納得するには異なる説明(ムンテラ:日本人が作った妙なドイツ語)が必要だ。しかし、私は患者が自分の病態を具体的に理解しない限りこちらの治療も納得しないし、得られるべき治療効果も得られなくなると考えている。そこで大勢の患者「こんなに丁寧に説明してもらったことない」と驚く。そのような「説得療法」は時間が掛かるが、大事なことだと思う。
 そういう訳で患者から少なくならず妙な念願が聞かれる:「ここ、流行らない方がいいな。だって、流行ったら私が今のようにゆっくり丁寧に診て貰えないかも知れないでしょう・・・」。

 私は自惚れているに違いないが、自分の手に関して「治療者の手」をしているだとある程度自身があるから、昔ながらの趣味/思考に基づいて治療者は私の天職になるとかってに思い込んでいる。幸いに翻訳で生活費を何とか確保するから、治療に関して営業的考慮ほぼしないで済んでいる。それが不幸の側面、つまり治療院の運営/経営はとても非現実的な概念に基づいている事、もあると中間から指摘を受けているが、治療中には治療の事しか考える必要ないのはとても爽やか良い気分だ。鍼灸以外の仕事に支えられながらこれから250年間の修行を重ねてしまうと真ともな鍼灸職人になるのは夢ではないと言うささやかな希望を抱いている。この「The long and winding road (Beatles)」を進みながらそのうちに本業である翻訳よりもこの天職で実を立てられるようになったら尚更嬉しい。

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uui Hotel

デザインの問題でしょうが、”umi” という横文字はどうしても “uui” にしか見えません。本来「i」の上の点はどうも「m」の最後の山の上に
あるように見えます。普通に “m+i” じゃダメのでしょうか。

「うみの」ってなんでしょうか又も文句ですから、嫌われるのは間違いないだろうが、長年言葉の仕事=翻訳をやって来ましたから、妙な言葉はどうも飛びつくものだ。以前別の目的に使われていたビルが比較的最近ホテルになってしまいました。こちらは口を挟むものではないだろうが、その名前は「海のホテル」。日本語は何処もおかしくないでしょう。但し、横文字は・・ “UMINO HOTEL” となっている。つまり、日本語をただ横文字に置き換えています。ならば、辞書を引いて「うみの」とはどういう事でしょうか。”umi” + “no” が(少なくとも横文字の場合)異なる言葉です。従ってスペースを入れるべきです: “umi no”.Shokutakuwakireinisettosareta. これだって分かり難いでしょう。更に言うと尚更に嫌われるだろうが、”on the shore” となっている。砂浜に建設された訳ではないので、”by the shore” にすべきでしょう。恐らく “on” – “by” の違いは中学の頃で勉強したはずです。看板作成費用は最低十数万が掛かったと思います。だったら作成する前に一度でもいいから確認すればいいのに。

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石碑で永遠に残る間違い・・・

私は長年澄んでいる葉山町の森戸神社傍にエルヴィン・フォン・ベルツ(独: Erwin von Bälz)の石碑あります。大分前の人の功績を讃えるのは大変結構ですが、(私はいつも煩く言う癖)横文字を使うならば、一度でも結構です:間違いないかどうかを確認して欲しい!

上記の ベルツ博士ともう一人の方 (Renati de Martino) に捧げる石碑あります。後者の名前はちゃんとなっていますが、ドイツ人の名前は変です!これは昔のコンピューターの問題としてドイツ語文字が使えない時 “ä” → “ae” で表現したが、その人のちゃんとした名字は Erwin von Bälz  です。おまけに名前は Erwin → それが ”Erwini” にされてしまいました。

そのような形に(偉い)人の名前を間違えて、その間違いを石に刻み込んで永遠に消えないようにするのは恥ずかしくないのでしょうか。

私のようなどうでも良い変な外人の名前を間違えたりするのは「仕方ない」かも知れませんが、かなり高額の偉い人の石碑を作って初歩的なミスするのは?

その間違いを直す事はお金が掛かるから、恐らく最初から検討もしないでしょう。

* 私はこの国に少なくとも20-30種の名前あります!行政機関、保険会社、銀行、お店、ネット上(例えば問い合わせフォーム)などなど気が遠く成る程の「バリエーション」あります。

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「ME-BYOシンポジウム」

Good evening
先ほど神奈川鍼灸師会から会員宛てのメールを頂いた。
それは「ME-BYOシンポジウム」に関するお知らせでした。

度々文句を言っていつも怒られていますが、ここで一言を言わせてください。
“me-byo” …
私はある程度日本にいますので、多少日本語が分かるから “byo” は「病」の事を指している事を連想します。
ただし、 横文字で ”me” =は真っ先に「私」と言う意味だと思われます。つまり、この妙な組み合わせは「私は病気だ」と言う第一印象与えます。

以前から神奈川県でそのような「運動」を進めている事も知っていますが、
せめて笑いもの(*)にされないような形、出来ればちゃんとした日本語を使う、出来ないのでしょうか。

(* “goto (単語一つ?/二つ?)travel” - のような物で全世界レベルで笑われると想像します。
“go to” = 何処へ行くと言う意味。”travel” (動詞も名詞も)AからBへ移動すると言う意味。つまり、この組み合わせは無-意味です。
移動する行為自体、目的地は無関係、又はどこかへ到着する必要性もない事を表したいならば “go traveling” と言えばいいでしょうが、それも
余りいい印象を与えない。自然に “Let’s travel” と言えばいいでしょう。)

今更に変える事できないでしょうが・・・

よろしくお願いします
トーマス鍼灸院

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